今日は快晴。明日も生きようとこの空を見上げる人もいる。空を見上げることを忘れてしまった人もいる。空を見上げることを自分で拒んでいる人もいる。リトルリンクです。7人死亡、10人重軽傷。
また凄惨な事件がおきてしまいました。
事件後、たくさんの人の意見をブログなどで拝見しました。
加害者を責め立てるもの、被害者のご冥福を祈るもの、社会悪を唱えるものなど、本当に様々な意見でした。
ただ、そういった意見を見ていく中で気になったことがあります。
今回の事件の中で、人を助けようとして被害にあった方がいました。
大変勇気ある行動で、今の日本人はなかなか真似出来ないことだと思います。
その方のことをお書きになっている方がおられたのですが、その文面のなかで
我が子に教育する中で『もし自分の命が危険なら人のことを助けにいくよりも、逃げろと教えたほうがいいのかな。』という一文がありました。
親としてそう思うのは当然だし、当たり前だと思います。
(*別にその方を責めたい訳ではありません。書いた方も日記の中で書ききれていないことなどもたくさんあるでしょうし。ここに僕が書いたものは、その方や親としてわが子を思う気持ちを否定することではありません。)
ただ、それでもやはり人間教育としては、そういう際に暴漢に立ち向かうことや人を助けることを教えなければいけないのではないかと思うのです。
人が殺される瞬間、人が苦しんでいる瞬間を黙って見ている人間に育ててはいけないのではないかと思うのです。
世論としてそういう風にしておかなければ間違いだと思うのです。
また、今回の事件について加害者の環境のことをマスコミなども色々と書いていますが、結局は『村八分論』ってことなんだろうと思います。
今でこそ『村八分』という言葉など聞かなくなりましたが、『村八分』により、周りに阻害され、独りよがりな思いをめぐらし、犯行に及んでしまった凶悪事件は過去にもたくさんありました。
中でも代表的なのは「八つ墓村」のモデルにもなった
津山事件だと思います。自分の環境や社会を怨み犯行に及ぶ点では、今回の事件と大変類似しています。
そのことで思うことがあるのですが、記憶が定かではないのものの、小学校か中学校で僕が教わったことの中に、こういう事件がおきないようにと、『村八分』を禁ずる(?)ことを過去に国や政府が行ったのではなかったかと思います。
しかし、今また同じような凶悪事件がおきてしまった。
もしや、日本は時代をさかのぼってしまっているのでしょうか?
『村八分』はまだ続いているのではないでしょうか?
残念ながら、いつの世もこういった事件はおこってしまいます。だからこそ過去の自分たちの行いを思い出し、同じような過ちを行さなないように、国や政府ではなく私達一般人が、それを後々まで語り、モラルを上げていくような世論作りをしていかないといけない。
犯罪を犯すほうも弱者であり、犯罪現場で助けを求める人も弱者です。
今、日本に必要なのは、『弱者を救う』という基本的な教育なんだと思います。


人を見捨てて逃げちゃだめだ、と教えてきましたが
世の中見てると、育て方を変えなきゃいけないのかと思う事件が多すぎる・・・。